韓国プハンの父

キ・ジュンソン

ご家庭で手軽に、そして効き目は本格的なカッピング(プハン・吸い玉)のお手当ができるプハン・バイオ・カッピングを開発した、韓国プハンの父、奇埈成(キ・ジュンソン) 氏について紹介します。

カッピングの技術は、「吸い玉」として日本に、「プハン」として韓国にも伝統治療法として伝わっていました。
浄血療法とも呼ばれ、朝鮮半島では紀元前から行なわれてきました。

韓国でそのプハン(カッピング、吸い玉)を現代用に改良し、麦飯石を使い遠赤外線を照射する特許付きの着火式プハン開発したのが、奇埈成(キ・ジュンソン)氏です。

来歴

奇氏は、1926年、韓国で生まれました。
日本の京都にあった東寺中学を中退し、1900年頃に思想犯として30年間もの逃亡生活を強いられ、その間、独房での7年も含め、合計で11年半もの間、投獄されていました。
牢屋での暮らしの中で、気づくことが多くあったといいます。(詳細は下記の「ネズミよ、せめてお前は自由の身になって…」をお読みください)。

奇氏は、その後、身体に何も加えず、皮膚を陰圧にするだけのプハン(カッピング)が生命力を強くする具体的な方法だと気づき、牢屋から解放後、先述の通りプハン(カッピング、吸い玉)を改良、着火式を開発するなど、プハンの普及に一生を捧げました。
韓国での正食運動(マクロビオティック)の第一人者でもあります。

2011年11月11日、86才で亡くなりました。老衰でした。

寄る年波には勝てなかったということか、後期は食が細くなり最後はほぼ断食状態でした。意識がなくなる前には「薬や点滴はするな」「心肺蘇生をしないでくれ」と言い、自然な旅立ちを望みました。

バイオヘルス運動の会代表の井上アトム氏に奇氏がプハン施術。着火式のプハンを座ったままつけられるのは、奇氏ならではの技。通常は、火傷してしまいます。1998年ごろ。

プハンと奇氏

奇氏とプハン(カッピング、吸い玉)との出会いは奇氏の幼少時代へ遡ります。

もともと奇氏自身はアレルギー体質で、喘息に苦しみ、その上関節炎・胃潰瘍・坐骨神経痛・痔疾などの病気を繰り返す虚弱体質でした。そんな時、近所のとある老人から昔のプハン療法を施され、日常的にプハンをつけていくうちに、だんだん健康な体になることができたのです。

投獄から解放後、自然療法の研究に執念を燃やし、当時は忘れ去られようとしていた先人の技術「プハン(カッピング、吸い玉)」を再発掘してから老衰で亡くなるまで、心も体も病気知らずでした。治療はもとより執筆・講演活動・テレビ出演で熱狂的なファンを掴み、プハン(カッピング、吸い玉)を韓国内に再び広めました。



「ネズミよ、せめてお前は自由の身になって…」

奇氏の人となりが分かる一説を紹介します。

『緑のセルフ・ケア』現在は絶版。新装本出版準備中。より抜粋。文・イラスト共に)

 1926年生まれの奇先生は、日本による朝鮮半島支配、太平洋戦争、朝鮮戦争と続く暗い時代に若い時を過ごしました。
戦前の抗日運動、戦後は自由民主化運動に身を投じて幾度も投獄され、通算11年あまりを獄中の独房で過ごしたそうです。 深い孤独に苛まされた独房の中、先生はネズミと対話することで、心底慰められたといいます。

「ある夜、物音がするので床板のふし穴から覗いてみると、それは小さなネズミだった。 生きている生命に出会えたことが本当に嬉しくて、それからはネズミの来訪を待ちわび、租末な監嶽の食事を取り残して分け与えた。 ネズミもそれに応えて、毎晩やってくるようになったが、たまに来ない時があると、『猫にでもやられたんじやないか』とひどく心配してね。 生きて動いているその小さないのちが本当にまぶしく、いとおしくて、『ネズミよ、おまえは自由の身になって子孫をたくさん増やすんだよ』と語りかけた。」

またある時は、鳥が運んできたのか、独房の窓辺にスイカの種が芽を出していました。

「誰も手をかけないのに、やがて花が咲き、蜂がきて受粉し、実をふくらませていくドラマを飽かずに眺めた。 いのちの驚異、あらゆる生命はつながっているという畏敬の念にうたれ、まるで自分のための宇宙からのメッセージを受け取っているかのようだったね。」

いのちあるものは、いのちのつながりの中でしか生きられない。 独房という極限的な環境では、自分のいのちを呼応させる他のいのちが何もないから、自分が生きていることすら確かめられないのだ、と先生は話されました。

長い獄中生活から解放されたとき、お母さんは重い病気になっていました。 先生はそれまで何度も死刑宣告を受けながら、いつも死の直前になって助けられてきましたが、母親が毎朝身を清め、行方知らずの息子のためにずっと祈ってくれていたことを知りました。 そして、闘いと憎しみの中で生きてきたこれまでの人生はいつも苦しく、それは間違っていた、と気づいたのだそうです。

権力の被害者だったから、「いつか、懲らしめてやる」と権力者を憎みましたが、「彼らも精神的な被害者であり、立場が逆転して仇討ちをすれば、自分もまた権力者と同じになる。 憎しみのカルマを断ち切って、すべてを赦そう」と気づき、歴史と社会が本当に自分に要求していることは何か、と考え始めたのだそうです。

先生と志をともにした政治運動家の多くが、やはり生命運動に転じていきました。 「憎悪の哲学」から解かれると、けわしかった人相も穏やかになり、朗らかに明るくなって、それからはあらゆることが順調に回り始めたといいます。

「現代の病はすべてと言っていいほど、過食、過労、過保護、環境汚染など、何かを加えたことによつて生じたものである」
「過保護で、満ち足りた環境では霊性が劣り、しいたげられた逆境の中にこそ、博愛の精神が生まれる」
「今、自然療法や食事について提案しようとしている人たちは、もっともっと大きく連帯してゆかなければいけない。小さいこだわりは捨てて。」

プハンを手にしていると、奇先生の言葉がふとよみがえってきて、懐かしさと感謝の気持ちでいっぱいになります。

『緑のセルフ・ケア』現在は絶版。新装本出版準備中。より抜粋。文・イラスト共に)


プハン豆知識

医療の医の漢字はプハンを象徴意味しているってご存知ですか?

昔は巫女さんが医師として医術を主管し、体内にもぐり混んだ邪気を追放するために矢や石鎚を使って患部を破り(殳)、プハン()をつけ悪血を取りました。その後「巫」が「酉」に変わったことは、巫女さんから、アルコールを用いるプハンに変わった医術の遍歴を物語っているのだという説があります。
※諸説有り


奇埈成の著書の数々

奇氏は韓国では本を翻訳本、著作を含めて、50冊以上出版されました。プハンの本、自然療法の本、健康法、マクロビオティック、森下敬一先生の訳本があります。
プハン(カッピング、吸い玉)についてはもちろん、食事療法にも詳しく、自然療法を全体的に掴むことができます。

多くの著書の中でも、日本ではプハン普及会が自費出版したこちらの書籍をおすすめいたします。

自然治癒力の活性 : 東洋の伝統医術・プハンネガティブ療法
プハンについてはもちろんのこと、自然療法の基本が書いてあります。見た目は古い本なのですが、プハン(カッピング、吸い玉)の体験談もあり、楽しく読めます。  

ネガティブ療法というと「ネガティブ=悪いイメージ」と誤解されがちなので、プハン普及会では「引き算健康法」と呼ぶことにしています。

日本のプハン普及会についてはこちらをご覧下さい。